Kyoko Mimura Profile
 三村京子 Kyoko Mimura

83年生まれ。

15歳のころ(98年)、J-POP絶頂期に触発され、YAMAHAのティーンズイベントを基盤に歌作りを始める。フォークギターを下げ、駅前などで歌うようにもなる。

高校時代は地元・神奈川でロックバンドを組み、 毎月ライブを行い、平行して弾き語りでのライブも敢行。このころウディ・ガズリー、ジャック・エリオット、高田渡などの フォーク・ミュージックに惹かれていく。

早稲田大学入学後、都内の様々な場所でライブをする機会に恵まれ、そこで知り合った三輪二郎氏とギター2本で初めてのアルバム音源を宅録一発録り。
その音源がモナ・レコードから『三毛猫色の煙を吐いてあなたは暮らすけど私は真夜中すぎの月の青さのような味の珈琲を一杯』(04年)としてCD化され、全国発売となった。
アルバム収録曲である「Hello, west orange」は大阪のFMでも流れ、彼女の最初の代表曲となった。
以後、高円寺の円盤や無力無善寺を中心に「俺はこんなもんじゃない」のメンバーも交えた
バンド活動でライブ、さまざまなジャンルのミュージシャンと共演を重ねた。

05年、大学でサブカル評論家・阿部嘉昭氏のJポップ講義を受講、デモ音源を渡したことから氏と知り合う。
阿部氏はその時点での彼女の歌詞、楽曲の弱さを指摘したが、一方で彼女のライブでの不安定ながら印象的な表現力と個性的な声に魅力を感じ、 主に阿部氏が彼女の作詞(補正)をする分担で、二人のコラボレーションが開始された。

フォーク的に当たり前な楽曲から離れること、歌と同時に入ってくる歌詞にも聴き手の既成概念(価値観)をゆるがす複雑なゆらめきを出すこと、 新しい感情を歌表現に加えること、「ジャンル」に限定されないポップで自然な歌曲を実現すること、「文科系女子」の陰翳のある精神的現状をも、身をもってドキュメントすること、これらが当面の目標だった。
そのため歌唱+演奏パフォーマンスの精度向上も意図された。

07年初めにはコラボ曲のレパートリーも30曲を超えた。
初期にできた切々としたバラード「岸辺のうた」などはライブで毎回演奏される人気曲として定着、音源化作業が周囲からも求められるようになる。
デモ制作を重ねたのち、07年末、前年末に京都/名古屋で共演したジャズ系ベーシスト・船戸博史氏(ふちがみとふなと)のプロデュースによりアルバム『東京では少女歌手なんて』を
これまた一発録りに近いかたちで録音。
音響技術は石崎信郎氏が担当、阿部氏はアドバイザー役を受け持った。

現在は彼女自身もさまざまな詩の活動に参加、詩の朗読イベントにも挑むなど、アルバム発売を控えたライブ以外にも表現の幅を果敢に拡げている。

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